生命の始まりと終わりということで、ふっと思い出すことがあります。
NHKの方が取材に来られたのですが、その方が作家の佐藤春夫さんのお孫さんだったのです。
あなたはおじい様のことでなにか私に教えて下さることはないですか、と訊きましたら、こんな言葉を残しました、といわれるのです。
「人間は生まれるところを選ぶことはできないけれど、死ぬところを選ぶことはできる」。
ところが今、大勢の方が高齢で亡くなるのですが、自分で死ぬ場所を選ぶことができない。
医療をあたえられてそれにしたがって病院で亡くなる方が非常に」多いし、ガンの末期の患者さんは9割以上が病院で亡くなる。

大人あるいは老人が生涯を終えるときに、私たち主治医が「ああ、こういうふうになるのがもっとも自然で望ましい死だな」と思うのはこういうことです。
痛みをコントロールするのにモルヒネを使いながらも、もう私の生涯もこれで終わりに近いのだなその老人が思う。そして、子供さんに囲まれている。
「病気をしてずいぶんお世話になったな。本当にありがとう。あなたがたと一緒に生活でき良かった」。
最後まで愛するものの愛情を感じられる感性。食事はもう摂ることができないほどになっても、そういう感性を最後まで持って、そして別れていく。
そのような状況で、意識がなくなり死んでいくということは、非常に望ましいと思います。

「老いに成熟する」日野原重明著より転写